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一章 春の訪れ (2)

 朝食後のコーヒーを飲みながら、高木はおもむろに切り出した。

「今日は向こうへ行こうと思ってる」
「え? だって、ゴールデンウィーク中は、ずっと一緒だって……」
「もちろん今日中に戻ってくるよ。様子を見に行ってくるだけ」
「今日はダメです!」

 思いのほか美都が強く言うので、高木はちょっとだけ目を丸めた。
 美都は自分の声の大きさに驚いていた。
 責めるつもりじゃなかったのに。

「なんで? 二人で居たいから?」

 おどけた調子で高木が訊くと、美都は真剣な表情でカップを見つめた。

「それもありますけど……今日は嫌なんです。 しばらく行っちゃダメです」

 手の中でほどよく温かいカップを回しながら、美都は思いつめたように黙った。

「実はね、俺の生まれ故郷がとうとうやばいみたいなんだ」
「やばいって……?」

 高木は長い指を伸ばしながら、浅く息をついた。

「民の平穏と近隣諸国の平和の名の下に、お隣さんが宣戦布告してくださった」
「え!?」
「それもバケモノ級の国、ガナン帝国っていう大国が攻めてくる。平和の名の下にというが、結局、国ひとつを手に入れたいだけだろうな……」


 まるで他人事のように呟いているが、そんな時勢に彼は故郷に戻ろうとしている。
 どうして、ダメです。
 そう言い募っても高木の意志は揺るがなかった。

「こんな時だから、だよ。王子としての責務を果たして、向こうとの縁を断ち切りたい」

 はやく、君だけを想っていられる生活を手に入れたい。
 高木は未来のために言ってくれている。

 だけど、だけど、と美都は頭をゆるく振った。
 今を失いたくない。
 高木を行かせたくない、未来よりも今を取りたい。


「先輩が行くなら、私も行きます」
「美都ちゃん、それはダメだ」
「隣に立てなくたっていい! しがみついて行きます」

 美都はカップをぎゅっと握った。
 水面が小刻みに震える。


「どこにも行かないでよ……私を一人にしないで」

 高木は手を伸ばして、美都の手を包んだ。

「危ない目に遭わせたくないんだ。
 俺はベイスに剣術も馬術も教わった。いざって時は自分の身ひとつくらい守れる。でも、君は自分の身を守る術を持っていないし、俺は君を守れるほど強くない。
 とてもじゃないけど、連れて行けないよ」


 重ねられた手のひらから痛いほど伝わる思い。
 ちゃんと分かってるよ。
 分かってるけど、その思いと同じくらい自分の気持ちだって大きい。


「……先輩は、向こうへ行ってなにをするつもりなんですか」
「ガナン帝国が西の関所の規制を緩めて、難民を受け入れているみたいなんだ。難民が安心して避難できるように手配して、できるだけ多くの命を救う」


 美都は沈黙した。
 それからはもう止めるようなことはしなかった。
 高木が支度をするのを静かに見守っていた。

「それじゃ、行ってくるよ」
「大事なゴールデンウィークだったのに……楽しみにしてたのに……」
「ごめん」

 高木は落ち込む美都にキスをして、鏡に触れた。
 鏡が水面のように揺らいで、淡く光り出す。
 光が強まり、高木が向こうへと移動する瞬間――美都は息を呑んだ。

 高木が目をみはった時には遅かった。
 見慣れた教会の風景。
 異世界に辿りついたと同時に高木は振り返った。

「なんでついて来た!」

 心配と後悔ゆえの激昂に、自分の腰にしがみつく子は肩を震わせた。
 高木は、初めて美都に怒った。
 美都は感情とは関係なく流れる涙をぬぐって、キッと高木を見上げた。


「誰が行かないと言いましたか!? 私はしがみついてでも行くと言いました」
「ここは君が思うほど安全な場所じゃない」
「今までの台詞、そっくりそのまま返してやりますよ。危ないのは先輩も一緒です!」


 高木は美都の手を引いて、鏡を探した。
 しかし、美都はその手を振り払って、高木の腰を抱いた。


「ここで私を無理やり帰すなら、もう先輩を受け止めません。 先輩を拒絶します」
「美都ちゃん……」
「私は先輩の心を救ったヒーローです。ヒーローはいつでも、先輩のそばに居るべきなんです」
「守れないかもしれない。俺はそれが怖いんだ」
「守れなくてもいい! 私を置いていかないで……」


 高木は重いため息をついて、ゆっくりと振り返った。
 恋人の小さな体を強く抱きしめて、頭を引き寄せた。
 失わないように、体の温もりを手に抱いた。








ありがとうございました & お疲れ様でした。

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*Comment

No title 

付いてきちゃったんですね。
なんか、でも、気持ちは分かります。
危険な状態のところへ、愛する先輩を一人だけで行かせたくないですよね。
反面、先輩の気持ちもよく分かります。
日本のような平和な世界じゃない。
守れないかもしれない。

早く無事解決して、二人共無事に帰って来れるといいんですけど…。
  • posted by Sha-La 
  • URL 
  • 2013.06/11 23:02分 
  • [Edit]

Re: Sha-La さんへ 

おはようございます^^

訪問、コメントありがとうございます!

ラブロマンスを描くと、どうしても男の人は無条件に強くて、
いつでもヒロインを守ってくれるようなキャラとして書きがち
なのですが、高木に至っては、
「自分の身を守るので精一杯です」と宣言してもらいました。

異世界での美都と高木は、本当に力のない存在。
でも、力がないなりにどう生き抜いていくのか、
今の状況からどう脱していこうとするのか、を上手く描けたらなぁと思います。
  • posted by デジャヴ 
  • URL 
  • 2013.06/12 09:47分 
  • [Edit]

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